個人再生 個人債務者の民事再生手続に関する特則の制定を必要とした社会的背景と同特則の概要
経済的破綻に瀕した個人債務者が生活を再建するための法的倒産処理手続には、破産法上の破産免責手続と民事再生法上の民事再生手続があるが、そのいずれにも問題があると言われていた。
まず、破産免責手続については、債務者にとっては、①全財産の清算が行われるため、住宅を保持することができない、②専門資格者や取締役の場合には、資格喪失という法律上の不利益がある、③破産者の烙印を押されることになり、勤務先を退職せざるを得なくなる等の事実上の社会的不利益があるといった利用上の不都合がある。
また、無担保債権者にとっても、債務者の多くは配当原資となる財産を有していないため、債権回収が殆どできないという問題点が指摘されていた。
次に、民事再生手続は、法人・個人、事業者・非事業者を問わない再建型倒産処理手続であり、和議法について指摘されていた幾多の問題点を解決し、債権者の利益を十分に保護しつつ、債務者の再建をしやすくしたものであるが、この手続は、主として、中小企業以上の規模の事業者の再生のための手続として構想されたものであるため、個人債務者にとっては、手続の負担が重すぎて利用が困難であると言われていた。
また、担保権は、破産の場合と同様に、別除権とされているため、住宅ローンを抱えて破綻に瀕した個人債務者がこの手続を利用しても、住宅は保持できないという問題があった。
その他、特定調停(債務弁済協定調停)や任意整理によって、多重債務者の再生を図ることも広く行われているが、これらの手続では、債権者との間での個別の合意が必要であり、多重債務の残元本総額を分割払いできる状況にない個人債務者の場合には、債権者との合意を成立させることが実際上困難になる。
また、残元本総額を分割払いできる個人債務者であっても、利息等の減免に同意しない債権者がいると、これらの手続を利用して債権を測ることは困難になるという問題がある。
そこで、住宅ローン等の債務を抱えて経済的破綻に瀕した債務者が、破産せずに、住宅を保持しながら、再生することができ、債権者にとっても、債務者が破産した場合よりも多くの債権回収を図ることができる再建型倒産処理手続が必要とされてきた。
バブル崩壊後の長期にわたる不況に伴い、個人破産の事件数が急増した。
バブル崩壊前の平成元年は1万件未満だったが、平成10年には10万件台になり、平成11年には12万件を超えた。
企業倒産の増加や、企業の生き残りをかけてリストラの推進等に伴い、住宅ローンを抱えた中高年サラリーマンの倒産が急増した。
バブル期に、「ゆとりローン」や「ステップ償還」と呼ばれる種類の住宅ローンの融資が大々的に行われ、その増額返済期を迎える者が多数に及ぶ状況となった一方で、不況等により、収入が増加しないばかりか、逆に減少してしまった個人債務者が増加したことによるものと考えられており、住宅ローン破綻者が更に増加するのではないかと危惧されていた。
また、このような社会情勢に伴い、自殺者も、平成10年に3万人を超え、平成11年には3万3000人余りと史上最悪になり、その中でも、借金、事業不振などの経済・生活問題を動機とする自殺者が前年比で13%も増加した。
破産予備軍と呼ばれる個人の多重債務者の数は、150万人とも200万人とも推測されており、今後日本の景気が本格的に回復するまでに、一定の業界においては、更なる企業倒産やリストラが避けられないと言われていることからすると、少なくとも当分の間は、破産者や自殺者が更に増加するおそれがあると考えられていた。
そこで、このような深刻な事態に対処するために、個人債務者向けの再建型倒産処理手続の創設が緊急の政治的課題とされた。
なお、個人破産の事件数は、平成元年は10,319件、平成15年の24万2357件をピークに減少傾向で、令和2年は7万1678件、令和3年は6万8420件となっている。
自殺者については、平成元年は2万2436人、平成10年は3万2863人、平成15年の3万4427人をピークに減少傾向で、令和元年の2万0169人まで10年連続減少していたが、令和2年は2万1081人、令和3年は2万1007人となっている。
経済・生活問題を動機とする自殺者は、平成元年は1396人、平成15年の8897人をピークに減少傾向で、令和2年は3216人、令和3年は3376人となっている
住宅ローンその他の債務を抱えて経済的破綻に瀕した個人債務者が、破産しないで、経済生活の再生を迅速かつ合理的に図るために、住宅資金貸付債権に関する特則と、小規模個人再生及び給与所得者等再生という二種類の簡易・迅速な再生手続が設けられている。
住宅資金貸付債権に関する特則は、住宅ローンについて、その弁済の繰り延べを内容とする特別条項を再生計画で定め、その認可を得た上で、これを履行することにより、担保権の実行によって住宅を失うことなく、住宅ローンを完済できるようにしたものである。
小規模個人再生と給与所得者等再生は、いずれも継続的な収入の見込みがある債権者の小規模な事件を対象とするものですが、小規模個人再生は主として商店主や農家などの個人事業者を、給与所得者等再生は主としてサラリーマンを、それぞれ対象としている。
いずれの手続においても、再生債権の調査手続や再生計画の認可のための手続を簡素で合理的なものとすること等により、個人債務者が利用しやすい再生手続を整備するとともに、債権者においても、破産の場合よりも多くの債権回収を測ることができるようにしている。